現代社会の病として蛙化現象の原因を考察。新しい恋愛スタイルでの解決策

2023年上半期、大いに話題となった蛙化現象ですが、その本質が理解しづらいなか、とうとつに態度をひっくりかえすということに対する批判と、本人が苦しんでいるという訴えとの間で、激しく物議をかもしています。

元々の言葉の意味としては心理学用語で、自分が好意を抱いていた相手なのに、相手が自分に好意を抱いたとたんに生理的に受け付けないほどの嫌悪感を感じてしまう現象のことを指す言葉です。

それが、近年のSNS上では言葉の意味が誤解され、恋愛においてささいなことで唐突に相手に対して冷めること全般を表すとして話題にされてしまったことで、さまざまな問題を含んだ一大ブームへと発展しました。

特に拡散されたのが、ただ相手を突然キモく感じて一気に嫌いになった瞬間を面白おかしくやり玉に挙げるような形での蛙化現象まとめです。

そのような視点で見せられてしまうと、ただ簡単に人を切り捨てる幼稚な人間性ではないかと嫌悪感を感じる人も多くないと思います。

この記事では、蛙化現象が起きてしまう原因を現代社会と照らし合わせる形で解説しつつ、その本質を理解することと、現代社会に合った解決方法を提案していきます。

2023年に話題になったことをきっかけとして、現代恋愛においての病的な部分を考察していく記事になっていますので、もともとの蛙化現象について論じるものではなく、一般的な解釈ともズレた部分が多くあります。その点はご留意ください。

目次

  1. 好感度という型にはめて捉えている
  2. 自分の見極め力に自信がないから、典型例で考えがち
  3. おそらく上手くいくという感覚が持てない
  4. 深く知る・長く向き合うが出来ず、判断が早い
  5. 海外流の恋愛スタイル「Dating」のススメ

好感度という型にはめて捉えている

現代社会でこれほど蛙化現象が話題になったことには、SNSの普及が大きいと考えられています。

以前はTVで見る芸能人と身近にいる一般人の境目はハッキリしていて、芸能人と自分を比べること、好きな芸能人と自分の好きな人を比べることはバカバカしいことだと思える傾向が強かったでしょう。
でも、今では身近な人がだれでも有名人と同じ土俵で世界に向けて発信できる時代です。
さらに、ルーティーン動画やリアルタイム配信、DMのやりとりなどで、有名人との距離感もとても近く感じられるようになりました。

SNSやネットで目にする素晴らしく素敵な人たちと、身近な人たちを比べてしまうようになるのは自然な流れなのかもしれません。

ここで問題なのが、コンテンツとして誰かを見ることと、人と人との関係性として関わることは全く別だということを、実感として理解出来ていない人が多くなっていることです。

その人のことが好きだから、その人を見ていると楽しいから見ているコンテンツのなかで、清潔感のなさや行儀の悪さ、ケチな部分や意地汚い部分を見せられたら、気分が悪くて当然です。
それは、あくまでもコンテンツであって、人に見せるために作られたものであるはずだからです。
それにも関わらず、現代の炎上ではその人の人間性そのものを攻撃したり、否定したりするようになってきています。

昔は「お茶の間に流れているテレビであんな汚いものを見せるな」「有名人として人前に出るのだから、マナーや身だしなみは完璧であるべきだ」という批判であったものが、現代では「食べ方汚いとか人としてありえない」「育ちが悪そうで幻滅した」などと、一個人としてのその人そのものを批判するようになってきているのです。

人前で見せる自分と、素の人間としての自分は、違っていて当たり前。人前では取り繕うことが美学であり、汚い部分や醜い部分を隠しているのが当たり前だという感覚を、昔の人の方が強く持っていました。
現代では、昔ほどよそゆきのきちんとしたマナーを学んでいる人が少なくなり、取り繕うことが減った半面、SNSで全世界に向けていつでもどんな場面でも魅力的な人がコンテンツとして消費されるようになっています。

その結果、普通に生きている一般人であっても、有名人と自分自身、そして身近な人を比較して、まるで有名人と同じような基準での魅力度や好感度をもとに人への評価を下す傾向が強くなってきているように思います。

本来、人を好きということは、好感度が高いということとは別の感情であるはずです。

好きという感情を言葉で説明することは難しいものですが、ありのままに生きているその人を知り、その人との関わりのなかで喜びを感じ、その人をより深く知りたいと思うこと。汚い部分もみにくい部分も受け入れて、その人とともに生きていくこと。
それは、SNSやネットの動画で見た人を魅力的に感じるファンの感覚とは全く別のことのはずなのです。

そのことがわからないまま身近な人のことを見てしまう。自分自身のことも他人のこともそういった理想が高く批判的な目線で見てしまう。それが現代の病である蛙化現象なのではないでしょうか。

好きで推していた芸能人の嫌な面を見て幻滅した経験をしても、現代社会ではいくらでも次の対象が見つかり、また美しい夢を見られます。
でも、現実の人間関係でその繰り返しをしていては、まったく前には進めないので、苦しいのです。

恋愛しようと頑張る前に、身近な人間関係で、本当に関わっている人たちの間での好きを見直してみてください。そしてちゃんと感じてみましょう。
どんな好きを大切にすべきか? 身近なところから育てていくことが大切です。 

自分の見極め力に自信がないから、典型例で考えがち

男の酒と女とギャンブルには気をつけろとか、美容師とバーテンダーとバンドマンの3Bはチャラいとか、昔から恋愛には、世間で通説とされているものが溢れています。

さらに現代では、少し調べれば恋愛で悩んだときの参考情報や解決法、ノウハウが溢れている時代です。

自分自身で経験値が足りないと感じている人ほど、ノウハウを学んで少しでも実力不足を補おうとしがちですが、そこには大きな落とし穴多があります。

確かに恋愛ノウハウのなかには役に立つものも多く、知っておくだけでも賢い恋愛ができることもあるでしょう。
昔であれば、年配の方からさまざまな経験による知恵を学び、自分が経験するために備えることは当然必要なプロセスでした。

現代での問題は、信頼できない実質的ではない情報なのに、強烈でインパクトが強い情報が溢れているという事です。

自分が実際に初めてのデートをする前から、お会計のときのいい女・いい男の特徴と逆にダサくて幻滅する特徴を見てしまい、クチャラーや店員に態度の悪い男が最低だという世の中の共通認識を植え付けられます。
自分が相手のことをちゃんと知る前から、パチンコにハマっていたという噂とか、年下の元カノとの過去とか、チャラそうな自撮り写真の昔のSNSアカウントなどが簡単に目に入ってきてしまいます。

自分自身でその人を判断できるという自信があれば、そういうことも実際に相手に聞いてみて、その上で判断しようという気持ちにもなれますが、その自信がないと、良くないとされている相手はやめておこうというネガティブな気持ちになりやすくなるでしょう。

さらに、最高の彼氏・最高の旦那との丁寧で幸せな生活をSNSで頻繁に目にしているともなれば、自分だって良い男を見つけよう。SNSでも良いとされているような人だけを選べば問題ないだろう。という思い込みは無意識のなかでどんどん強まっていってしまいます。

その結果、本当に大切な自分の本心が好きと思える人、一緒にいて楽しくて安らげて幸せだと思える人を探すことではなく、世間一般で良しとされている基準にばかり振り回され、本当の付き合いが出来なくなってしまうのです。

実際の経験に勝るものはない。それを経験してから、おそらく自分の間違った型に気付くと思います。

経験する前に、蛙化現象を繰り返して「蛙化起きるから無理」と諦めるのではなく、なにより経験してみてから物を言うという、古来からの大切な教えこそ、実践してみるべきでしょう。

おそらく上手くいくという感覚が持てない

これも、時代が変わってきたことにも関係している心理だと考えられます。
昔は何事にもある程度の決まったやり方があり、自然な流れというものが社会的に強く存在していました。

誰でも気軽にナンパすることが普通でしたし、合コンがあり、お見合いがあり、年頃に相手がいなければ紹介してくるおせっかいな人も沢山いたでしょう。
お決まりのデートコースも、相手の家に電話をかけるときのマナーも、先輩や周囲の人から教えてもらってそのようにしていれば良かったわけです。
大体年頃になれば結婚するという意識も高く、結婚のときの必要な流れも大体決まっていて、周囲がおぜん立てしてくれるものでした。

それが現代では、出会い方も付き合い方も多種多様で自由な時代です。

これをしていれば大丈夫という型がなくなり、セクハラやパワハラと言われるためおせっかいをする人もいなくなる。
これで嫌な思いをする人はもちろん減ったと思いますが、そのせいでどうすればいいのかわからなくなっているという面も強くあるのではないでしょうか。

昔だって悩むこと、人によって違う部分は沢山あったと思いますし、縛りや制限もたくさんあって自由に恋愛できない辛さもあったのかもしれませんが、現代には現代ならではの問題点や悩みが出てきたのです。

昔ならまっとうに仕事をしていれば結婚出来て当然でしたが、今ではいくら年収があれば相手に見合うのかがわからない。
昔なら縁談や告白やプロポーズを相手が受けてくれたのであれば、この人と結婚するため頑張ろうで良かったものが、自由過ぎる現代の恋愛関係ではどの時点でこの人は自分を受け容れてくれたのか、いつ見捨てられるか、わからない。
結婚してもしなくても、いつになっても良いとされている反面、一体いつになったら自分は結婚できるのか。何をすれば結婚に繋がるのか。結婚しても良いものか。わからない。

レールが敷かれていないので、こうしていれば大体上手くいくだろうという感覚が持ちづらくなってきているのです。

そうなると、相手のどこを見ても付き合ってはダメな人のように感じる。自分のことをどう考えても理想的な恋人ではない気がする。不安は尽きません。

漠然とした不安を抱えているせいで、些細な点にも警戒心を光らせてしまった結果、蛙化現象に繋がってしまうのです。

自分のなかにどんな不安があるか? 不安があるとしたらどうしたら安心して行動できるか? 一度向き合ってみる必要があるでしょう。

深く知る・長く向き合うが出来ず、判断が早い

最近ではYoutubeの長い動画がなかなか再生されなくなり、Ticktokのショート動画ばかりが再生回数を上げるなど、短くスピードが速いコンテンツが目まぐるしく消費されている傾向があります。

映画やドラマの「間」も昔と今ではびっくりするほどのテンポ感の違いがありますよね。さらに倍速再生するなど、タイムパフォーマンスを重視する現代の流れには狂気すら感じます。
昔の曲と今の曲では、イントロの平均時間が数十秒から数秒へと変化するほど、何事も素早く判断される世の中なのです。

すぐに切り替え早送りで判断する傾向は、気づかないうちに人々のあらゆる心理にも影響を与えていることでしょう。

良い人かそうでない人かをすぐに判断し、良い人を見つけたらすぐに飛びつく。そして、悪いかもしれないと思ったらさっさと別の可能性へと切り替える。
恋愛市場でもそのような傾向が出てきているのではないでしょうか。

アプリで大量の人たちのなかから対象を選び、気軽にすぐ会える時代です。その人がダメならば、さっさと次の人を探す方が効率が良いと考えてしまうのも、無理はないでしょう。

ですが、恋愛においてはいくら表面的に素晴らしく、1回や2回会って楽しかった相手でも、長くずっと一緒にいられるかどうかなど、そう簡単にわかるものではありません。
逆に、最初の印象が悪くても、深く知り合って長く付き合ううちに、その人の素晴らしさや自分との信頼関係が育ち、素晴らしいカップルになることだって多くあるもの。
現代社会のスピード感のせいで、長くじっくりその人を知るという姿勢が失われてしまってはいないでしょうか。

当然ですが、1日で判断した場合と、1年間で判断した場合では人の評価は変わります。
そのことは頭ではわかっていても、ついつい1日で判断しようとしていませんか?

自分ではいくらじっくり判断しようと思っても、一瞬で実際に冷めてしまい、気持ち悪く感じてしまうから辛いと感じている人が多くいるそうです。
それは、現代社会のせいで生まれた脳の癖が原因で、いうなれば脳の病とも呼べるものなのかもしれません。

脳は同じような働きを繰り返していると、その回路が強くなり、同じ流れで働きやすくなります。
いつも同じ通勤路を通っていたら、違うところに行くはずだったのについ、いつもと同じ道を曲がってしまう、ということが脳の回路にも起こるのです。

日頃からハイスピードでコンテンツを消費することばかりしている人は、じっくりゆっくりと深く見る脳の働きを育てられるような活動を、意識して取り入れた方が良いでしょう。

現代人の習慣として、瞑想やヨガ、読書が推奨されているのは、高速なネット社会で疲れた脳の働きを鎮め、幅広く創造的な思考力を活性化する効果もあるからです。

海外流の恋愛スタイル「Dating」のススメ

現代での目まぐるしく刺激的な恋愛の場では、日本人の真面目さや誠実さ、「この人と決めてしっかり向き合う」気質が合っていません。
心に決めたあの人と恋愛しようとするから苦しいのです。

海外では、「付き合っている、付き合っていない」という概念が日本と比べて薄く、多様な恋愛関係を表す表現が沢山あります。

そのなかでもアメリカの恋愛ドラマでの一般的な流れをご紹介すると、初めてデートした後、とりあえず二人で会うデートを重ねる段階を「Dating(デートの進行形)」と言います。
この段階では、付き合っているとか付き合っていないとかではなく単に「He and I are dating.(彼とはデートしてるよ)」と他人には言うことが多いようです。この時点での愛情表現は「I like you アイライクユー」であったり、帰り際のキスで伝える気持ちだったりします。

デートを重ねるうちに、日本人と同じように、いつ身体の関係を持つか?や、彼氏彼女と定義するか問題ももちろんあるようですが、付き合う前・後というような考え方はあまりありません。
「何回目のデートで?」「誰かに彼女って紹介された?」「他の人とはデートしてないの?」というところが話題のポイントとなります。

海外の場合はデート期間を経て関係が進んだら、お互いの価値観を確認しあいながら築かれるのがSteady=安定的な関係、Relationship=恋愛関係を築いた関係、Exclusive=相手専属で浮気しない関係になったという考え方をします。

その後が日本と違って特徴的なのですが、海外では一般的にはこのような段階を経て付き合いが深まった後に、一大イベントがやってくるのです。

初めてアイラブユーを伝えるときです。
海外の恋愛モノでは、その言葉をどちらが先に言うか、付き合ってどれくらいで言うか、その言葉に対してお互いにどんな意味を感じるか、といったところがとても重要なポイントになってきます。

付き合ってみないと、愛せるかどうかはわからなくて当たり前。
海外の恋愛ドラマでは、デートするようになってからアイラブユーを伝えるまでが早すぎると「そんなわけない!軽々しい!」と怒り出したりしますし、待ちに待って伝えたのに「あなたのことは好きだけど、まだ愛しているかどうかわからない」と言われて悩んだりします。

この感覚が、日本人に必要なものではないでしょうか。

日本人は、これだけ時代が移り変わったにもかからずいまだに「付き合っているかどうか?」ばかり気にしすぎているのです。

付き合ったら責任を持って結婚へと向かっていた昔とは違い、いつでも自由恋愛な現代に付き合っていると定義することには、実際的な重みはまったくといっていいほどありません。

そのことはみんな薄々感じてはいるのですが、他に基準がないために付き合うことを重大に感じ、付き合うまでを大げさに捉えてしまうのです。
そのことも、蛙化現象の大きな要因となっていると思います。

デートを重ね、この人だと思ったらあなたと私はちゃんと関係性を築こうねという共通認識を確認しあう。その後、相手を知り関係が深まり本当に愛情を感じるようになったら、ようやくお互いの愛を伝えあう。
そんなアメリカ式の恋愛スタイルを、ぜひ取り入れてみましょう。

デートはあくまでもお互いを知るため。彼氏・彼女になって付き合うのは、私はあなたと向き合うという誠実性を表すため。愛情確認はその後でいいのです。
時間をかけて相手のことを知り、関係性と信頼を築き、その上でようやくあなたを愛していると伝える権利が生まれるという捉え方も出来ます。

好きじゃないなら付き合わないという考え方自体を捨てましょう。

付き合うときの好きはライクくらいで十分なのです。その後、ゆっくり愛を育てようという感覚で恋愛してみてはいかがでしょうか。

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