自分を好きなはずがない!自信のなさが原因の蛙化現象
世間で取りざたされた蛙化現象は、些細なことで恋愛相手に対して冷めてしまうという非常に残念で幼稚なケースが多かったのですが、本当に蛙化現象に悩んでいる人はそんなことじゃない!深刻な問題を馬鹿にするな!と大炎上したことも有名です。
炎上に炎上が重なり、テレビのワイドショーでも大々的に取り上げられるようになると、実際に蛙化現象で悩んでいる人の体験談なども見られるようになってきました。
そのなかで、これはもうどうしようもないケースなのではないか……と本人も周囲から見ても思われ、とても深刻な問題として取り上げられることが多い蛙化現象の原因として、根本的に自分に自信が持てないので、その自分を好きになる相手を信用できないというものがあります。
元々、蛙化現象は自己肯定感の低い女性に多い悩みとして長年たびたび話題に上がってきていました。その視点で蛙化現象について理解してみると、問題の根本は本当に根深く、辛い現象であることがわかってきます。
ここでは自信がないために自分を好きな相手はおかしいと感じてしまう蛙化現象を代表例として解説していきますが、下記の性質の人にも共通した特徴です。
- 周囲の人にはいつも取り繕った自分を見せている。本当の自分を見せられない
- 褒められても、自分が褒めて欲しいところとは違うと感じる
- いつも周囲の魅力的な人と自分を比べてしまい、相手に申し訳なく思ってしまう
- 特定のコンプレックスがあり、それが問題なので恋愛できないと思っている
目次
意味がわからない、信じられない、相手がおかしいのでは?……不信感のかたまり
もし自分が相手なら、自分と付き合いたいとは絶対に思わない。そんな風に思う人にとって、相手が自分のことを好きだというのは違和感でしかありません。例え自分を好きになる理由を思いついたとしても、それは自分にとっては理解しがたい、自分とは違う価値観の理由であるため、相手が自分のことを好きだという時点で趣味が合わない、価値観が合わないと感じてしまいます。
さらには、自分のことを好きだという事実を決して本心からは信じることが出来ないため、それを相手が伝えてくれば来るほど、相手に対する不信感に繋がります。意識の上ではそう思っていなくても、自己否定でいっぱいの無意識のなかでは、相手が本当は自分のことなんか好きなはずがないのに、なぜか自分を騙そうとする人に見えてしまうのです。
また、今までに多くの良い人、優しい人、素敵な人が自分のことを好きにならなかったという事実が心に刻み込まれている場合は、それなのに自分を好きになる相手はおかしいんじゃないか?どこか問題があるんじゃないか?という考えにも繋がってしまいます。
本人にとっては日々自己否定をしていたり、トラウマがあったりして深刻な根拠のある問題なのに、悪いことはしていない相手に対しても申し訳ないと思ってしまう、とても辛い感情だと思います。
ゆっくりと自己と向き合っていくことが必要です。
なんで好きなの?自分が自分を受け入れてないため、違和感を感じ納得できない
経験したことがないと理解しづらい感情ですが、自分自身が自分のことを否定し続けているような人、客観的に見て魅力があるとはまったく思えない人にとって、そんな自分に好意が向けられているというのは違和感でしかありません。
例えば、美容院ですごく気に入らないヘアカットをされてしまい、とんでもない髪型になってしまったと自分は思っているのに、相手がそれを「すごく似合うよ!その髪型いいよ!」と言ってきたら、なんとも言えない気持ちになりますよね。相手のセンスが悪いと感じますし、お世辞を言われているのでは?と疑ってしまいます。
自分自身のことを認められない人にとって、誰かから好かれるというのはそういう感覚なのです。
髪型のような問題であれば、髪型を変えればいいだけの話ですが、自分自身に対して魅力がないと感じてしまっている場合、それを変えることは困難な問題であることがほとんど。自分には修正が出来ないような「大失敗な自分」に対して、それを魅力的だと評されたときの違和感は相当なものです。
え、なんでこんな自分のことが好きなの?この人の感覚、どこかおかしいんじゃない?何か勘違いしてる?自分とは違う見方をしてるとしても、違いすぎるよ?と相手のことを否定してしまうことに。
誰だって、恋愛関係で相手が自分のことを好きなのは理解できないと感じるときはあるはず。すっぴんを可愛いと言われて同意できないときや、情けない姿や怒っている顔を見ても好きで居続ける相手に対して、なんでだろう?おかしいんじゃない?と思うことはあるでしょう。ただ、その感じ方の違いは、あくまでも「自分ではわからない部分があるのだろう」「相手はそう思うのだろう」という自分と他人の違いで片付けられる範囲のものです。
ではなぜそう受け入れられず蛙化してしまう人がいるのかというと、自分にとって自分に魅力がないという事実が大問題だから、ではないでしょうか。自分にとって些細なことなら、意見の食い違いがあっても許せますが、自分にとって大切で重大なことで食い違っては、やっていけないと感じて当然です。
自分自身の存在をすべて、または恋愛においての自分を完全に否定してしまっている人にとって、それは自分を受け容れてくれる人すべてに対して違和感と不信感を感じるという、深刻な問題になるのです。
相手が自分を好きなんて客観的に考えておかしい!主観を信用できない性質
相手が自分を好きというのがおかしいと感じる人のなかには、他人と自分を比べる傾向が強い人が多いように思います。
例えば、道行く魅力的な人の容姿と自分を比べ、いちいち落ち込んでしまうような傾向です。街には可愛い人が沢山いるのに、自分なんかと一緒に歩きたくないだろう、自分なんかが相手では申し訳ない、などと考えてしまいます。客観的に考えて自分よりも魅力度の高い人が周囲にいるのに、自分が選ばれるという事実が正しいと思えません。
普通なら、恋愛においてはどちらが魅力的かは主観によりますし、客観的に考えておかしくても本人が好きならそれがすべてです。その人にとってどちらが魅力的かどうかは、他人が対象者を見比べて判断できるようなものではないと分かりますよね。多くの人にとって、相手が自分のことを好きというなら、そうなんだと受け止めるしかないものです。
どんな絶世の美女でも、自分が絶対的に世界一美しいなどとは思っていません。たくさんの美しい人がいるなかで、自分を好きと言ってくれるなら、それを嬉しいと感じられることが大切。
そもそも、外見についても性格についても、人の好みというのは本当に多種多様なものです。
単にそういった部分について人と関わって知るための経験不足で具体的に想像できておらず、世間で人気が出るような典型的な魅力と自分を比べてしまうという人もいるかもしれません。
または、好みは人それぞれと思ってはいても、自分にとって自分の〇〇なところがどうしても嫌いで、それを好きなんておかしいという価値観の相違となってしまう人もいるでしょう。
はたまた、理想が高く完璧主義で、自分にとっても相手にとっても、誰が見ても魅力的なような二人でなければいけないというような感覚になってしまっている人もいると思います。体裁を気にしているということに他ならないのですが、そうなった原因が、多くの人からバカにされたことや受け入れてもらえなかった経験、親や育った環境などから植え付けられた価値観であったりすると、根が深いものになります。
そのような価値観の歪みがないとしても、自己嫌悪があまりにも強い場合では、相手一人が受け入れてくれるだけでは根拠が足りず、相手がおかしいのではないかと思ってしまうため、相手の好意以外の客観的な根拠がないと受け入れられないという場合もあるかもしれません。
いずれにしても問題は、相手が純粋なまごころから好意を持ってくれていると信じられないという点です。
「好意」自体に対する不信感があるということなので、今一度、自分自身の相手に対する好意、世の中のさまざまな恋愛における好意、もっと身近なところで友人や物や活動に対する単純な好きという感情について、自分の価値観や感じ方を見直してみた方が良さそうです。
相手の期待に応えられないことが怖い
そこまで自己否定が強いわけでもないのに、自分が好きな人からの好意に対してだけは違和感を感じ、蛙化してしまう人もいるでしょう。
「自分が好きになった素晴らしい人が」自分を好きになるということについて、抱いている先入観や感じ方が問題となります。
例えば、自分にとって素晴らしく手が届かないと思っていた人から好かれた場合、釣り合わない自分がありのままで好かれているはずはないので、自分の魅力を実際よりも高く勘違いされているような錯覚に陥ってしまいます。
そうなると、ありのままの自分ではダメで、相手に釣り合う自分にならなければならないというように勝手に思い込んでしまうことも。そうなると、ダメな自分が相手の理想になれるはずはなく、いつか現実に気付いて失望されるのではないかという不安が生まれます。
また、相手がどうとかは関係なく、恋愛においての両想いという奇跡が自分に起こるはずがないと勘違いしている場合でも、そういった違和感は生じやすくなります。
例えば、大吉は100枚に1枚しかないと言われているおみくじで、自分ばかり何度も続けて大吉を引いたら、おみくじ側が不正をしているのではないか?大吉だと喜ばせて操ろうとしているのではないか?と感じてしまいませんか?
こんな風に上手くいくはずがないから、なにか裏があるに違いないと疑ってしまうことは誰にでも経験があることでしょう。もし、恋愛で両想いになれるはずがないという思い込みが強ければ、両想いになれたときの不信感も強くなります。
自分の想像と大きく異なった結果が訪れたとき、人は素直に喜ぶことが出来ません。絶対に好かれるはずがないと思っている相手から好かれると、相手がまったくの勘違いで自分に間違った期待をしているかのような、自分が騙されていていつか現実を見せられて不幸になるような、不信感と嫌悪感を感じてしまうのでしょう。
自己嫌悪を乗り越えられないから、相手にも乗り越えさせられない
このタイプの蛙化現象になる人は、実はすごく我が強くて自分に対するこだわりが強い人です。もし、単に自信がなくて自分を好きなんておかしいと思うだけなら、それでも相手が好きと言うならそうなんだろうと、相手の判断に流されることも出来るはず。そうできないのは、自分が納得できるかどうか?に重きを置いているからです。
そんな人にとって、自己嫌悪はただ単に自分を好きになれなくて嫌な気持ちになるだけの感情ではありません。自分が本当は乗り越えたい課題であり、重大な欠陥で、放置していてはいけないものです。
それを、どんなに信用できる相手からだったとしても「別に問題がない」と言われたところで、気にしないようには出来ません。それは、あなたが乗り越えるために多大な努力をしながらも、乗り越えられない問題だから。そこまで苦労してきているのに、その問題を無視されるのは、尊重とは逆の態度に感じてしまいます。
相手は、ありのままのあなたを尊重しているつもりでも、あなたは低い自己評価に悩み自己嫌悪にさいなまれながらも頑張る自分を否定された気持ちになってしまうのです。自分にとって重大な悩みを、理解してくれない無神経な人に見えてしまうので、そんな人に嫌悪感を感じてしまうのは当然かもしれません。
自分が自分のことを認められるようにならない限り、相手があなたのことを認めることを許すことは出来ないということになってしまいます。
逆に言えばそういう人には、誰かから好かれることで自尊心を保とうとするような弱い心とは真逆の、強い自立心を持った精神があるということです。
自分自身の課題を乗り越えようとしているあなたを理解してくれるような、頑張っているあなたを応援してくれるような人とであれば、好かれることの違和感を乗り越えていけるかもしれません。
まずは、自分の自己否定や自信のなさ、自己嫌悪について、相手に話すことが出来るようになれると、それでも続けられる関係性の可能性も見えてくるかもしれません。
それを試す前に関係が進んでしまい、相手からの好意に違和感を感じてしまっては手遅れなので、好きになった相手に対しては早めから自己開示をしていくことが大切です。
ありのままの自分自身を見せられないことが最大の問題
ここまで蛙化現象の原理を考察してきてわかる根本的な原因は、自分から見た自分と相手が見ている自分に食い違いを感じているという点です。
自分は心の中は妬みや恨みばかりの腹黒い女なのに、自分のことを好きなのは、自分を優しい性格の良い子だと勘違いしているに違いない。自分は太っていて顔も可愛くない上に性格も良くないのに、自分を好きになるなんてセンスが悪い。
そんな風に感じてしまうのは、相手が自分のことを勘違いしているという思いがあってのことではないでしょうか。
もし具体的に本当に相手が勘違いしているのであれば、自分のことを勘違いし理解してくれない相手のことを好きではなくなるのは蛙化現象でもなんでもなく、当たり前のことです。
そうではなく蛙化現象に悩むということは、そういった事実はないのだけれど、漠然とした違和感を感じてしまい気持ちが冷めてしまうということですよね。
紐解いていくと、ありのままの自分自身を相手に見せることが出来ていないから、そんな自分を好きになる相手を好きになれないという問題の正体が見えてきます。
自分に自信がない人は、そんな自分をありのままに好きな人に見せることなんて出来ないんです。
自分が好きになれない自分を隠し、なんとかして取り繕った自分で他人と接していては、相手が誰でも好かれたときや良い評価を受けたときに、それを自分自身の評価に繋げることは出来ません。偽っている自分にさらに嫌気がさし、自己嫌悪は増していくばかりです。
そして、本当の自分がありのままに他人と関わったときにどんな人物なのか?実際のところはわからないまま、心の中の自分と自問自答ばかり繰り返して、自分に魅力がないと思い込んだ自分と、それに対して無意識に反発する自分が喧嘩しながら、どんどん自分を嫌いになっていくでしょう。
好きな人以外には本当の自分を見せられるという人はなおさらで、そんな自分を見せても大丈夫な人たちと、見せられないあの人との心の距離は広がっていくばかり。
好きな人が自分に振り向いた時点で、本当の自分を知らないくせに勘違いした人の出来上がりです。そして、自分で正体を隠しておきながら、それを知らない相手に対して嫌悪感を感じてしまう自分を責めてしまいます。
人から嫌われることを恐れて本当の自分を隠すというのは、自己嫌悪の入口だと言っても過言ではありません。そうすることで、誰かから否定されて嫌な思いをすることは減っても、誰かから本当に認められたと感じられることが減り、自分がすり減っていきます。
自分を守る気持ちの方向性を変えてみて
本当に自分自身を好きになりたいなら、誰かから好かれて嬉しいと思いたいなら、自己開示を出来るようになりましょう。
どうしても不安で出来ないなら、自然と心を開かせてくれるような、素敵な人が現れるのを待ってもいいと思います。
少なくとも、相手が勘違いすると決めつけて、相手の姿勢を見ようともしない人にだけは、ならないようにしてくださいね。
相手があなたのことを知りたがってくれるなら、多少悪いところが見えても受け入れてくれるなら、ちょっとずつでも自分のことを知ってもらおうという気持ちを忘れずに。
何より、何かがあって他人と衝突したとしても、悪い評価を受けたとしても、自分を慰めてあげられるような、自分の味方になってあげられるような、自分に対する優しい心を育ててください。
自信がなくなり、自己嫌悪に陥るのは、ダメな自分のせいで自分が嫌な思いをしたくないからではないでしょうか?
解決方は、ダメな自分を直すことだけではありません。ダメな自分でも許せるようになれば、嫌な思いをする必要はないんです。
どこかで、そんな自分でも認めて欲しいという気持ちがあるからこそ、そんな自分をわかっていない人から好かれても嬉しく思えない自分がいるのだと思います。
まずは自分自身がダメな自分を許して認めてあげられるようになれば、相手がどんな風に自分を見ていても、好きで居続けられるかもしれません。
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